“IMA”をつくる人、味わう人。IMAに関わるさまざまな人たちとの物語をお伝えするIMA PEOPLE。
“IMA”のお茶は、宇治茶の主要生産地である京都府和束町で代々続く、中井家のオーガニック茶葉をシングルオリジンで使用しています。記念すべき第一回は、日本のオーガニック茶のパイオニアでありIMAのお茶の生産者でもいらっしゃる中井製茶場の会長、中井通夫さんにお話を伺いました。
7年の歳月をかけてオーガニックの宇治茶をつくり上げた歩みを、中井さんの軽快なトークと共に振り返ります。(全2回)


きっかけは、大好きなお酒がおいしく飲めなくなったこと。
松本: いつも貴重なお話、ありがとうございます。今日は改めて色々とお話をお聞かせください。普段と同じような感じでお話し出来たらと思うので、いつも通り「お父さん」って呼んでいいですか?
中井: もちろん(笑)。
松本: ではまず、中井製茶場がオーガニック栽培に切り替えたきっかけを教えてください。
中井: 私は毎日の仕事が終わってからの晩酌を楽しみにしているんですが、農薬を散布した日に限って、晩酌した後の体調が悪くなることに気づいたんです。農薬の種類によっても体調への影響が違って、特に強い農薬を使った日はお酒がおいしくないんですよ。さらに、自分の体調だけでなく、近所の農家をしていないサラリーマンの血液検査でも残留農薬が認められたと聞き、その当時当たり前になっていた“農薬を使った栽培方法”に疑問を抱きはじめました。
松本: 農薬は虫や草を殺すための薬ですもんね。
中井: その通りです。雑草は特に生命力が強く、刈り取ってもすぐに生えてきます。それを何年も生えてこないようにする除草剤の強さを想像してみてください。いわゆる劇薬です。それを一般的な散布回数で、うちでも殺虫剤は年に10回、除草剤は年に3回まいていました。その劇薬を何年も作物が吸い上げるわけです。それに気づいたことで、オーガニック栽培への切り替えを決めたんです。
原点回帰。まず、土を元に戻す。
中井: 色々文献を調べた結果、「昔の栽培方法に戻す」ことが正解なんではないかと思いました。和束は1000年以上も前からお茶栽培がおこなわれてきた土地です。その時代には農薬も化学肥料もなかったにもかかわらず、高品質なお茶ができていたんですよ。だから、まずは土を元に戻すことが大事だと考えました。
松本: 原点回帰ですね。
中井: 戦前は農薬も化学肥料も普及していませんでしたが、茶葉は元気に育っていました。外国から農薬や化学肥料が輸入されはじめたのは、戦後のことです。そして日本の人口増加などにともなって農作物の生産量を増やす必要性が生まれたことで、農薬や化学肥料を使った栽培方法が主流になっていきました。

大学教授らとともに試行錯誤する日々
松本: 昔の栽培方法に戻すために、具体的にどのようなことからはじめたんですか。
中井: 何も分からなかったので、まずはオーガニック栽培についての勉強会に参加しました。メンバーは、戦後に大手農薬メーカーから依頼されて農薬を開発してきたけれど、農薬の害に気付き、使用すべきではないと考えを改めた大学教授の方々です。炭や菌を使った作物栽培や、農薬と子どもの病気との関連性について、研究成果をもとに話し合いました。ここで多くのことを学ぶことができました。
松本: 勉強会で学んだ結果、土を戻すためにどんな方法を取り入れたんですか?
中井: まずは炭の研究をしている教授からアドバイスをもらい、炭を粉にして堆肥と混ぜて土にまきました。焼畑農業と同様に、燃やした灰によって土が肥えます。また、脱臭炭など効果が認められているように、土や水の有害な化学物質を吸着してくれることによって土壌が改良されます。
松本: 炭のほかにも、何かありますか?
中井: チキンキトサンという自然由来の成分も有効でした。キチンキトサンは昆虫やカニ、エビ、貝などの殻に含まれる抗菌作用のある成分で、昔は自然界にたくさん存在していました。このキチンキトサンも炭と同様に有害物質を吸着し、土に自然本来の力を取り戻すことができます。和束は自然豊かな土地ですが、昔から比べると今は虫の数は相当減っていますよ。昔の和束は夏には昼寝ができないほどセミが鳴いていましたし、秋にはトンボがもっと飛び交っていました。さらに、昔の人は貝の味噌汁やカニ、エビの殻ごと鍋にして、その殻を畑にまいたりしていたんですよね。その昆虫や甲殻類の殻の成分を農作物が吸収することで、チキンキトサンの解毒作用が働き、自然と強い作物に育っていたんです。
松本: そうやって土を改良することで、どんなことが起こりましたか?
中井: オーガニック栽培に切り替えた当初は、近隣の農家さんからクレームがきました。うちが無農薬だから、虫は発生するし雑草は生えるしで・・・。でも、それが自然の姿なんですよね。和束中の虫たちが、うちの畑に疎開してきているという感じでしょうか。
松本: 虫たちも分かっているんですね。
中井: 農薬を使えば、良い虫も悪い虫も全部死んでしまいます。土の中の良い微生物も死んでしまいます。ミミズも農作物の栽培にとって重要な存在ですが、農薬で死んでしまいます。お茶に最適な土壌は弱酸性ですが、作物をつくり続けるとアルカリ性に傾きがちな土を、ミミズは元に戻してくれるんですよ。
松本: 農薬だけでなく、化学肥料も使わなくなったんですよね。
中井: もちろんです。化学肥料は石油からつくられていることが多く、生態系のバランスを壊し、土壌に悪影響を及ぼします。

前例のないオーガニック茶栽培の孤独、苦悩
松本: お父さんがオーガニック栽培に切り替えた当時は、日本にはまだ有機JASなどのオーガニック認証がなかったんですよね。
中井: そうです。私がオーガニック栽培に切り替えた1987年ごろから3、4年はアメリカやカナダなどのオーガニック栽培先進国から検査機関の方に来てもらいました。日本で有機JAS認定ができたのはそれからだいぶ後です。農水省に有機認定の設置について自ら掛け合いましたし、多くの意見も出しました。
松本: 日本で国を挙げて有機栽培を普及させようとし第一人者としてのご苦労が伺えます。
中井: 日本では、まだオーガニックの風潮が世論としてはなかったので、当時は1人だけの孤独な闘いでしたね。切り替えた当時は、良い新芽も出にくくなって茶葉の質が悪くなるし、収穫量も3割に減るしで、問屋が買取りしてくれなくなりました。
松本: 緑茶は繊細なお茶なので、よい茶葉でないと緑茶の綺麗な色が出ないですもんね。
中井: その通りです。5年経過しても質の良い茶葉に戻らないし、虫や雑草のことでクレームが来るしでやめようかなと思ったこともあったんですが、妻も一生懸命草引きをして励まし支えてくれて、もう少し頑張って続けてみようと思いました。椎茸をつくったり、一番どん底の時に大きい製茶工場を手づくりで建てて、近隣農家から茶葉を買い取りお茶の加工をして、あの手この手でなんとか踏ん張りましたね。台湾にも15〜6回ほど通って烏龍茶加工を学び、機械も輸入して新しい商品にも挑戦しました。「オーガニック茶が求められる時代が必ず来る」と信じて、それまでとにかく会社が潰れないように試行錯誤する日々でしたね。

7年間の試行錯誤から、オーガニック茶栽培のフロンティアに
松本: 良いお茶が取れるようになるまでどのくらいかかりましたか?
中井: オーガニック茶栽培が軌道に乗るまで7〜8年はかかりましたね。つまり、土が元に戻るのにそれくらいの年月がかかったということです。私が子どものころに感じていた柔らかい土に戻りました。おいしいお茶ができるようになったし、あの美しく健康な新芽はほかではなかなかないですよ。悪い変な虫もつかないんです。虫が食べようとしても、その被害に耐えられるだけの力が茶葉に宿っているんです。たとえば、近所に後継ぎがいなくなった放耕地もありますが、農薬も化学肥料もしていないのに、虫は付いていないし、ぐんぐん成長し伸び放題です。
松本: 「自然栽培」という農法もありますが、中井製茶場ではどうしていますか?
中井: 「自然栽培」とは、人間の手をほとんど加えずに自然に任せる方法ですが、うちは人間の手間をきちんと加えて、自然の力を最大限に引き出せるように丁寧にサポートしています。肥料は、オーガニック認証をとった菜種カスなどを使っていますし、放ったらかしではなく、適切な管理を行うことで、より良い茶葉が育つように日々努めています。
中井製茶場のオーガニック栽培への挑戦は、多くの困難を伴うものでしたが、その信念と努力によって高品質な茶葉の生産に成功しました。環境に配慮した農業と、おいしいお茶を提供するための取り組みは、これからも続いていきます。
対談の第2回目は、宇治茶の主要生産地として名高い和束町のお茶と、世界展開についてお伺いします。お楽しみに。